Be(目標)+Say(語る)=美生(びせい) 
夢を語る美しい生き方を、ここから始めましょう。


2017年09月20日

海苔弁の思い出

【最初に】
最近のブログ、ずーっと同じところをループしているような、言いたいことが上手く言えて無いような、そんな自分を垣間見て、昨日はスーパービジョン(カウンセラーが先輩カウンセラーにケース相談や自身のカウンセリングをしてもらうこと)を受けました。目から鱗が落ちまくりでした。自分のなかで、やっと一歩進んだ気がします。
ずっとブログ読んで下さってる方には、同じような話にずーっとお付き合いさせてしまってごめんなさい。ちょっと反省。
・・・
さて、昨日は朝からちょっとおでかけした帰りに、ホット〇ットで海苔弁を買ってランチにしました。
時々ムショウに食べたくなるものは、マックと、くるまやラーメンのネギ味噌と、カレーヌードルと海苔弁。
出来ればタルタルソースのじゃなくて、ソースが添えられてるノーマルな海苔弁が好きです(笑)
なんだか懐かしい感じがするんですよね。おふくろの味的な?

・・・って言っても、わたしの母は買ったものを食べさせてくれるような人ではなかったので、めったに売ってるお弁当を買ってはくれませんでした。最初に海苔弁を食べたのは、バレエ教室の合宿でみんなでランチに注文する時に、便乗して購入してもらったと思います。小学校5年生か6年生だったような。
今となっては普通にあるけど、わたしの小さい頃はコンビニもないし、おにぎりやお弁当が簡単に買える時代ではありませんでした。せいぜいスーパーで売ってる海苔巻きとか、仕出しとか?(仕出しって知ってるのかな、最近の人…)そんな世の中にホカ弁がデビューしてから、かなり経った頃なんですが、なにせわたしには初めての体験なので、もう海苔弁を食べるというのがセレモニーのような気分で(笑)
ごはんが敷き詰められた上に、ちくわの天ぷらと白身魚のフライが載ってる豪快さ、そしてお肉が入っていない(わたしは子供の頃、肉が食べられませんでした)ことに感動したのを今でも覚えています。
少し温かくて、海苔がふんわりしっとりしていて、その下に佃煮というのも大人な感じがしました。大人になったら好きなだけ自分のお金で海苔弁を買おうと密かに思いました。そんな海苔弁。

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でね、ふと思ったんです。わたしの母の味、いわゆる「おふくろの味」って何だろうって。
わたしの母は、わたしの小さい頃はとにかく手作りにこだわる人で、料理もお菓子もお洋服も、すべて手作りでした。大人になってよーく考えてみたら、料理は手が込んだものが多かったけれど、上手ではなかったと思います。。でもとにかく「頑張って」手作りして、娘のわたしに「ほら、お母さん頑張ったよ!」と、常々言葉にしてしまうような幼い感情の持ち主でした。
特に料理って、作り手の『気』が入ります。わたしは生魚もお肉も食べられないほどの『過敏』な子供だったので、母の籠めた『気』が重苦しくて辛かったのを今でも忘れません。
母の料理は美味しいのですが重苦しいんです。そしてそんな風に感じる自分が『悪い子』だと思っていました。
食事を残すと母から「せっかくお母さんがみなえのために作ったのに」と言われますから、その気持ちに応えられない自分が悔しくて苦しくて、食事自体が嫌いでした。母が悲しむ顔を見るのは何よりも辛かったです。

母は、外側から見たら「愛情たっぷり」の理想的なお母さんでした。でも子供のわたしには辛かったのです。
母には悪いけれど、愛情を押し付けてるのは、結局母が「わたしを愛して!わたしを認めて!」と娘のわたしにおねだりしていたんだろうなぁって思います(魂の年齢は実年齢や生まれ順とは関係ないですからね)
期待に応えられない娘で申し訳なかったなぁと思う反面、母の学びには、わたしが娘であることが必須だったのだろうと感じます。
そういえば、母はホカ弁を毛嫌いしていました(笑)海苔弁が美味しかったと言ったら、自作の海苔弁をお弁当箱に詰めてくれたことがありますが、海苔の下には焼き鱈子が入っていて、トッピングには鳥の唐揚や卵焼きやウインナーが載っていて、豪華でやっぱり重苦しかったです(苦笑)贅沢な娘だったなぁ、わたし。ちょっと反省。

ホカ弁の素敵だなと思うのは、自分が欲しい時に買えて選べて、その場で温かいお弁当を提供してくれるところです。愛情ってそうだといいなと思います。必要な時に自分で選べて、その場で温かく受け取れるもの。
本当は母もそうしたかったんだろうなぁ〜頑張りすぎてたんだろうなと、今は思っています。その娘ですから、わたしも愛情の押し売りになりがちなので、人との距離感は適切以上に多めにとる傾向があるみたいです。
でもそれってわたしの愛ですから・・・(笑)

・・・
当ルームでは、親子関係で傷ついた過去を持つ方が多く訪れます。
自分をアダルトチルドレンだと自覚されてる方や、今も親と会うと上手くいかない方、わたしのようにすでに母が他界していて、感情のもつれをほどく相手がいない方など、様々です。
また、お子さんの問題でお悩みのお母さんも多く訪れます。案外問題は、お母さんの心の傷にあるかもしれません。

カウンセリングにはカウンセラーとの相性がとても大切なので『初回お試し電話カウンセリング』を、どうぞご利用ください(当ルームは不定休ですので、あらかじめスケジュールをご確認ください)
twitterでもルーム状況、ご予約可能なお時間などを時々お知らせしています。ぜひチェックしてくださいね。

posted by いわはし みなえ at 09:38| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

軽く鬱の日をどう過ごすか

わたしは橋本病という、甲状腺ホルモンが低下する病気を持っているのですが、毎秋このホルモン低下が非常に強くて軽く鬱になります。軽いから仕事も家事も出来るんです。でも何となく気分が晴れない・・最初に病気が分かった時は、自分で自分のことを「季節鬱」と思い込み、メンタルクリニックに行きました(苦笑)原因はわからないけれど鬱には薬が有効なのはわかっていたので、薬物療法をしようと思ったのです。
そこで血液検査をしたら病気が発覚してもう6年目です。なのでこの時期何をするべきか、何をしないべきかは良く分かっているつもりです。

よく「鬱を脱するには、とにかく動いてみる、出かけてみること」など言われますが、それが出来ないから困ってる訳でしょ(笑)出かけられるなら、とっくに出かけて気分転換したいです。でも出かけられないから鬱なんですよね。なのでもう、鬱に抵抗するのはやめました。

カウンセリングでは「感情と行動を切り分ける」と普段言い続けていて、たとえ気分が鬱でも、やるべきことをやる(行動する)ことをおススメしています。で、ここで重要なのは「やるべきこと」の概念。
鬱症状を訴える多くの人はとても真面目なので、仕事も家事も「やるべきこと」だと思ってます。会社休むなんて急病とか忌引き以外にありえないと思ってる人も多いみたいです。家事をしなければ家族が路頭に迷うと思ってる人もいます。でも本当にそうでしょうか。

いま、わたしの「やるべきこと」は、ご飯を食べること。ちゃんと眠ること(眠れないこともあるけどお布団には入る)それから、泣くこと。休むこと。そう決めてます。泣くのは最近ほんと泣けなくて困ってるのですが、泣くのは心の浄化作用なので、泣ける映画をいつも探してます。
わたしの鬱は軽くて、仕事は普通にできちゃうし、仕事中は夢中だから誰も鬱だなんて思わないんだけど、一応仕事も、この時期はかなり制限しています。
逆に「やらないこと」は、曖昧な気持ちの約束事と自責です。どうしても行きたい、参加したいことは約束しますが、それ以外は出来るだけお断りしています。元気なら、いくらでもお付き合いできる好きなことでも、気持ちが「どうしても」にならないときは引き受けません。直前で割と元気で、先方もOKなら行動しちゃうこともありますが、先々決めておくこと自体が気分が落ち込んでしまいがちだからです。そうして結果的に行けなくなると自分を責めてしまいがちなので、自責もNG。
たとえ家事ができなくても、仕事お休みしちゃっても、約束キャンセルしても、自分のこと責めてたら心穏やかじゃないですしね。そんな自分を許すこと、これ重要です。

そんなわけで、ゆっくり過ごしている秋です。今年は一番落ち込みそうな11月に、一週間温かいところに旅に出ようと思います。強制的に鬱症状を取っ払うには、わたしの場合は体感季節を変えることです(笑)
逆に雪が降るころは、まるで元気になっちゃうんだけどなぁ。秋は辛い、もうダメダメモードです。

・・
そんな季節鬱を持つ方、ぜひ対策一緒に考えましょー^^
当ルームを初めてご利用の方に「お試し無料カウンセリング(電話40分間)」をご準備しております。誰にも話せない苦しいお悩み、そっと話してみませんか?通話料も無料ですし、匿名でもご利用可能です。守秘義務にて、あなたのご相談内容は守られています。
お試しカウンセリングで、無理なカウンセリングのご継続を勧めることはありません。お気軽にご利用くださいね。
 *ただいま「お試し無料メールカウンセリング」はお休み中です。ごめんなさい。



posted by いわはし みなえ at 13:30| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

信じるのではなく『赦す』こと

わたしたち夫婦はとても自由なので、よく「ご主人のこと信じてるんだね」とか「みなえさんは信頼が厚いんだね」とか言われますが、たぶんわたしたち、お互いに信じてるわけではないと思うんです。

だいたい「信じる」って、胡散臭いと思うんですよね。
「信じる」の反対は「疑う」ですよ。
疑う気持ちがあるから、打ち消すために「信じる」って言っちゃう気がするんです(極めて個人的な意見ですけど)信じることに、すがるというか。悪いほうではないように…と願うというか。
「信じてるよ」って言われちゃうとすごいプレッシャーだし…わたしはある一部分では、自分のことも信じられないので、相手を信じるなんて出来ません。
自分が不安だから「信じてる」って相手に伝えるのもどうなのかなぁって思います。不安は自分の気持ち。それを相手に補ってほしくて「信じてる」っていうのなら、わたしなら言われて迷惑かな。
自分の感情は自分のものです。自分で解決する術をわたしは知ってます。

神様信じるとか、オカルト信じるとか、そうゆう意味ではないですよ。
そもそも夫婦は他人で異性なんだから、まるっと信じてたら足元救われそうな気もするし、信頼し合いすぎて異性の扱いしなかったり、相手からされなかったら、なんだかそれはそれで不満足です。いや、もうちょっと年を取ったらそれもアリなのかもしれませんが、それは未知の世界なのでわかりません。

わたしは夫に惚れてると思うし、夫もわたしに惚れてると思います。惚気じゃなくて、それは「信じてない」から(笑)だけどお互いに、相手の自由を「赦す」ことは出来ているんだと思います。

一夫一婦制の日本の婚姻制度では、他に配偶者を持つことは禁じられていますので、わたしたちはお互いに伴侶は一人です。だけどもしも、夫が他に好きな人が出来たり、浮気をするようなことがあったとしても、わたしは彼を赦そうと最初から決めています。婚姻制度と恋愛は無関係だし、人の心は縛っておけません。まして男女という性差があるので、男の本能が女と違うことは、なんとなくこれまで生きてきた中で理解はしています。
浮気とか、心変わりとか「されたくない」から「自分もしない」もなんか変。
自分の忠誠が相手に「貸し」を作ってるような?よくわかりません。
相手がどうでも、自分の行動は自分で決めています。わたしは今のところ浮気も心変わりも、自分の心に欲求が起きないから行動しないだけ。相手の気持ちを繋ぐために、自分が『我慢』してるわけじゃありません。

もちろん今のところ夫の心変わりはありませんが、何が起きても彼に惚れてるのはわたしだし、一緒にいることを決めているのもわたしなのです。だから夫のことは、まるっきり信じてませんけど(笑)赦しています。
信じていないから、ずっと惚れていることができるのかな。なんかうまく表現できませんけど。疑う必要もないですもんね、信じてないし。

あ、でも、夫がわたしのことを、とても大事に愛してくれていることは『知ってます』よ(笑)
ちょっとノロケww
そして、それと信じることは、違うと思うのです。
もちろん時々ヤキモチ焼いたりはすることもありますが(笑)それはわたしの感情なので、夫とは関係ありません。

愛とは赦すこと。男女間だけでなく、いろんな過去や、自分の育った家族のことや、自分自身のこと。
ちゃんと赦せる自分になりましょ。
そのためにわたしは、カウンセラーという仕事を続けているのです。あなたをサポートするためです。

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当日もご予約状況によっては受け付けておりますが、電話に出られる確率がかなり低いので、事前にご予約いただけると確実です。詳しくはコチラをご参考に、当ルームのスケジュールをご確認のうえ、お申し込みくださいね。
初めてさんのあなたと、お話できるのを楽しみいしています。

posted by いわはし みなえ at 10:18| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする