Be(目標)+Say(語る)=美生(びせい) 
夢を語る美しい生き方を、ここから始めましょう。


2018年01月03日

2018年あけました。今年とか33とかイロイロ

あけましておめでとうございます。
2018年、平成30年ですね。例年通りスキー三昧な毎日で年越しの気分が微妙に薄い感じです(笑)

今年は6月に、この松戸市に3.3.7Besayをオープンして、6周年を迎えます。昨年の5周年の節目は、ルームもわたし自身も大きな飛躍の年でした。たくさんの方をお迎えして送り出し、自分の使命を感じる幸せな毎日です。

今年も沢山のことにチャレンジしたいなぁと思いますし、多くの方の今年の目標をお聴きしたいです。
毎年わたしは『立春の前日である2月3日、節分までに今年の目標を決めましょう』とお話して、立春の2月4日から翌年の2月3日までの一年で、目標チャレンジできるように計画を立ててもらいます。
理由は色々ありますが、そうすると忙しい年の瀬に、今年を振り返ってやれてないことも、2月3日まで猶予があるので心に余裕を持ちやすい気がします。それに立春からの一年のほうが、春を基準に季節で一年をカウントするので、なんだか身も心もリズムに乗りやすい感じがしています。

そんなわたしは、2018年も色々と取り組みたいことがあります。
カウンセラーとしてキャリアコンサルタントとして、自己研鑽や多くの臨床実績を持つのは例年通りの目標です。これは永遠に終わらないテーマなので、ライフワークとして取り組みたいと思います。
今年は更に、数秘学を学びたいなぁと思っています。数秘というと占い的で、アンチスピリチュアル派のわたしとしては(苦笑)今まではあまり深堀することを考えてはいなかったのですが、自分自身が33というマスターナンバーであることを知って、自分を理解し肯定できたことがとても大きかったのも事実です。今でもカウンセリングの際には、ひっそりとナンバー別にクライエントさんには伝え方を変えていますが、やはりそれぞれ特性を知って伝え方を変えていくことは、とても有効なのではないかと思うんです。
それで、もうちょっと勉強してみようかなぁと思います。
ますます自分が思っている方向とは違うほうに進んでいる気もしますが…(あくまでも心理学者で在りたいわたしと、スピリチュアル的要素を取り入れてしまうわたしとの葛藤です^^;)

また、去年も思っていたことですが、もっとカウンセラーとしての枠を外して、クライエントさんが必要なことに積極的に取り組みたいと思います。イベントとかもやりたいなぁ〜と思うんですが、どうもそうゆうことではないのかも?と感じています。形や枠ではなくて、その時々に必要なことをやりたいなと。そのためにはほかの方とのコラボレーションも必要なのかもしれません。どんなことが具体的にできるのかを、立春までに考え中。

個人的には、引き続きKUMON英語(今年は最終章まで終わって卒業するのが目標!)そして新しくタイ語もちょっと勉強したい(そしてまたタイに行きたい!)
一人旅は東北が多かったけれど、信州のほうにも行きたいなと思っています。

3年かけて伸ばした髪も、今年はヘアドネーションする予定!切るタイミングが難しくていつどこで切ろうか悩ましいです(情報求む)



そんなわたしのお正月、本日よりルームオープンしています。でも明日4日から8日まではスキーで不在^^;
相変わらずマイペースなルームと仕事っぷりですが、すでに万人に愛されることは望んでいません。
わたしとあなたのご縁で、また今年一年楽しみながら成長したいですね。
そんなご縁を感じる方を、今年もお待ちしています^^

本年もどうぞよろしくお願いします 

お試し無料カウンセリングにつきましては、2018年4月ころからの再開を予定しております。長らくお休みしてごめんなさい。冬季はルームのオープン日が限られておりますので、ご継続のご相談者様を最優先でご予約承ります。ご理解くださいませ。
posted by いわはし みなえ at 11:25| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月23日

何もないから決めたんです

長らくルームも外勤もお休みして、旅に出ておりました。
昨日無事に帰宅しました。休暇中はご連絡など滞り、ご迷惑をおかけしました。
旅での出会いや気付き、体験など、まだ自分の中でも消化しきれていなくて(あまりにも楽しくて素晴らしかったせいで感傷的になってしまって)また改めてブログにまとめたいと思っています。
今日は最近ずっと思うこと、尋ねられることなどの話題。

わたしは20代で結婚と離婚をして、現在の夫と出会って15年。そのうち入籍して同じ苗字になって7年目。
夫は現在会社を経営していてけっこう稼いでくれているので『結婚したのは夫がお金持ちだから?』とたまに尋ねられます。尋ねられれば明確に否定できるのですが、まことしやかに『財産目当て』とウワサもされているようなので(苦笑)ちょっとこの場を借りて、夫と結婚したタイミングについて書いておこうかなと思います。ついでにお金にまつわるお話も。

出会いは沖縄、そのころの夫は上場企業の役員で『金融資産1億円』というのが自慢の鼻持ちならない人でした。わたしは夫と出会う前は大阪で北新地のホステスしてましたから、1億程度の資産の持ち主はたくさん知っていたし、その気になればそれ以上のお金持ちとはいつでも結婚できる自信もあって、夫のことは全く好きではありませんでした。それが何故かご縁あってお付き合いすることになり、夫が東京に戻ることになったので、わたしも一緒に上京してきました。
それから数年後、夫は人に裏切られたり騙されたりしてずいぶん傷ついていました。更に運悪くアメリカのリーマンショックがあって、当時投資していた物件もビジネスパートナーが匙を投げて逃げ出しました。
夫はすっかりやる気をなくして一度ビジネスを『リタイア』しました。つまり無職、早すぎる隠居生活です。

夫には、わたし以外に何もなくなりました。
今までの栄光も、財産も、肩書もなくなって、彼に群がる知り合いは周りから消えました。色んなウワサも誤解もされていました。なぜだかわたしの3倍持ってた洋服も捨て始めました。まだ断捨離なんて言葉が流行する前です。当時住んでいたのは古い分譲公団、しかも訳あってわたしの旧姓名義。夫の社会的な立場がなくなりつつありました。

わたしは常々『本当に大切なものは、手のひらに乗るものだけ、他には何も要らないはず』と言い続けていました。自分を取り囲むものが多ければ多いほど、人は身動きが取れなくなります。新しいものを手に入れたければ、まず自分が身軽になることは何より大事だと思っていましたから、それを実践する夫が、誇らしく思えました。そして『彼は必ず再生する』と理由なく確信しました。ビジネスのセンスは素晴らしいものを持っているのは知っていたし、再生した彼は今までよりずっと豊かになると閃きました。
わたしのこの、根拠のない閃きと自信は、絶対に外れないのは今までの体験で知っていたので、それまではわたしが稼ごうと決めました。夫はわたしがガツガツ働くのを良しとしなかったので、それまでは仕事を控えるように心がけていましたが、自分が本気になればそれなりに稼げる自信もあったので、夫には告げませんでしたが、最悪仕事がなければ水商売に戻る覚悟を決めました。
わたしもアラフォーに突入していたのに、よくそんなこと考えてたなぁと今考えると恥ずかしくなります。ホステスの商品価値としては年齢がちょっと行き過ぎていたのに、どこからその自信が生まれたんだろう?謎です…

そうしてわたしは、無職の夫と結婚しました。
運よくそのタイミングで、わたしのビジネスに、納得いく金額で企業からオファーを頂きました。
ささやかながら結婚パーティも開いて、そのパーティの翌月から契約企業で仕事を始めました。
パーティでは「これからはわたしが稼ぎます」と宣言し、夫は「みなっちに食べさせてもらう」と言ってた気がします(笑)
でもわたしには、それが一生続くことはまるで想像していませんでしたけれど…

その一年後、夫はご縁ある会社に社会復帰して、その会社の株を取得し代表取締役となり、会社がトントン拍子に成長して、出会ったころの何倍もの財産を手に入れたようです。正確にいくらあるのかは知りませんが、無くなった財産を取り戻す以上に豊かになっているでしょう。
夫が稼ぐようになったので、わたしは選手交代とばかりにフルタイムの企業勤めは辞めました。やりたいことがたくさんあって、いまこうして自由になる時間が増えて、本当にわたしは幸せです。

ですから、夫が『お金持ちだから』結婚したわけではないんです。無職で何もないから決めました。
そもそも、今もお金持ちとは思っていません。生まれた時からのお金持ちの方々を、わたしはたくさん見てきましたが、もちろんその方々もお金には困っていないでしょうが、お金を『持っている』意識は薄いのではないでしょうか。

お金は川のように流れているものです。それを小さな器で梳くっているのか、大きな瓶に溜めているのか、それとも水路を引いて使うのか…それぞれなのではないかと思います。
もちろん、経済は豊かなほうが余計な心配が少ないでしょうし不安も少ないようです。でも『川にいけばある』ことを知っていれば、それほどガツガツしなくて済みます。そしてガツガツしない人は、なぜかお金を循環させて、再び自分の手元に呼び寄せることが出来ます。

小さい頃に日曜学校で『本当に必要なものは、神様が準備してくださる』と言われた言葉を、わたしはずっと忘れません。なぜかその言葉をずっと信じて、たとえどんなにお金がなくても必ず必要な分は巡ってくるものと思っていました。巡っていると知っていれば、手放すことも簡単です。だって手放しても再び巡ってくるんですから。
そんなわたしの小さな経済哲学は、よく考えたら世の中の経済とよく似ています。国民が消費しなければ日本の経済は潤わないものです。だけど多くの人は自分が消費することを躊躇って抱えてしまいます。
別に無駄金使えと言ってるわけじゃないんです。ただ『自分のために準備されるものがあること』を知ることは、とても大事だと思います。

言葉だけでなく、心からそれを知ることはとても難しく不安なことですが、それが出来る人はとても豊かになっていることも、わたしは随分見てきたし体験しました。
もちろんわたし自身、今日食べるごはんに困る生活もしてきたし、わたしたちが今の生活をするまでは、紆余曲折様々な試練がありました。でもわたしは、なにか行き詰った時に「お金がないから」とは絶対に言いたくないし、今までも言いませんでした。お金のせいにするのは自分がとても惨めです。本当に必要なものは準備されます。いまそれが出来ないのは本当に必要ではないか、その時期ではないからです。
お金のせいにすればするほど、お金は巡ってこなくなります。お金に執着したり、ため込むことも同じです。
そして、どうせお金を支払うなら『気持ちよく』お支払いしたいものですね。

日本にはチップの文化がないけれど、良いサービスには支払えるならチップを支払いたいものです。
支払うチップがなければ、自分の体験を友達に話したり拡散したりするのも、ビジネスを支援するのでチップ代わりになるでしょう。

わたしが思う、貧しい人はこんな人です。
 1、自分が持っているものを、何一つ手放したくはない
 2、他人が持っているものや、より良いものを更にほしいと願う
 3、余計に支払いたくはない(損はしたくない)と思う

そして貧しい人は、豊かにはなれません。何も捨てれなければ新しい生き方を獲得できないのです。
豊かさは、お金だけでないことを知っている人もたくさんいます。足りるだけあれば良いと思っているから心がとても豊かで、そうゆう方は他の人に心から親切です。
わたしも心が豊かな人で在りたい…もっと喜ばれるビジネスをしたいと常々思います。

今回お休みをいただき、旅に出て、たくさんの出会いと刺激がありました。
そうして原点に戻り、夫が再生した時のように、多くの人が新しい生き方を見出す伴走者としてカウンセラーを続けたいと強く思います。
旅の話は、また次回・・・^^

・・・
★お試し無料カウンセリングについて★
現在ご好評継続中ではありますが、2017年12月17日より、お試し無料を当面お休みする予定です。
ご利用をご検討中の方は、お早めにご利用ください。再会の目途は2018年春を予定しています。どうぞよろしくお願いします。
カウンセリングについてはコチラからどうぞ^^









posted by いわはし みなえ at 16:45| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

海苔弁の思い出

【最初に】
最近のブログ、ずーっと同じところをループしているような、言いたいことが上手く言えて無いような、そんな自分を垣間見て、昨日はスーパービジョン(カウンセラーが先輩カウンセラーにケース相談や自身のカウンセリングをしてもらうこと)を受けました。目から鱗が落ちまくりでした。自分のなかで、やっと一歩進んだ気がします。
ずっとブログ読んで下さってる方には、同じような話にずーっとお付き合いさせてしまってごめんなさい。ちょっと反省。
・・・
さて、昨日は朝からちょっとおでかけした帰りに、ホット〇ットで海苔弁を買ってランチにしました。
時々ムショウに食べたくなるものは、マックと、くるまやラーメンのネギ味噌と、カレーヌードルと海苔弁。
出来ればタルタルソースのじゃなくて、ソースが添えられてるノーマルな海苔弁が好きです(笑)
なんだか懐かしい感じがするんですよね。おふくろの味的な?

・・・って言っても、わたしの母は買ったものを食べさせてくれるような人ではなかったので、めったに売ってるお弁当を買ってはくれませんでした。最初に海苔弁を食べたのは、バレエ教室の合宿でみんなでランチに注文する時に、便乗して購入してもらったと思います。小学校5年生か6年生だったような。
今となっては普通にあるけど、わたしの小さい頃はコンビニもないし、おにぎりやお弁当が簡単に買える時代ではありませんでした。せいぜいスーパーで売ってる海苔巻きとか、仕出しとか?(仕出しって知ってるのかな、最近の人…)そんな世の中にホカ弁がデビューしてから、かなり経った頃なんですが、なにせわたしには初めての体験なので、もう海苔弁を食べるというのがセレモニーのような気分で(笑)
ごはんが敷き詰められた上に、ちくわの天ぷらと白身魚のフライが載ってる豪快さ、そしてお肉が入っていない(わたしは子供の頃、肉が食べられませんでした)ことに感動したのを今でも覚えています。
少し温かくて、海苔がふんわりしっとりしていて、その下に佃煮というのも大人な感じがしました。大人になったら好きなだけ自分のお金で海苔弁を買おうと密かに思いました。そんな海苔弁。

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でね、ふと思ったんです。わたしの母の味、いわゆる「おふくろの味」って何だろうって。
わたしの母は、わたしの小さい頃はとにかく手作りにこだわる人で、料理もお菓子もお洋服も、すべて手作りでした。大人になってよーく考えてみたら、料理は手が込んだものが多かったけれど、上手ではなかったと思います。。でもとにかく「頑張って」手作りして、娘のわたしに「ほら、お母さん頑張ったよ!」と、常々言葉にしてしまうような幼い感情の持ち主でした。
特に料理って、作り手の『気』が入ります。わたしは生魚もお肉も食べられないほどの『過敏』な子供だったので、母の籠めた『気』が重苦しくて辛かったのを今でも忘れません。
母の料理は美味しいのですが重苦しいんです。そしてそんな風に感じる自分が『悪い子』だと思っていました。
食事を残すと母から「せっかくお母さんがみなえのために作ったのに」と言われますから、その気持ちに応えられない自分が悔しくて苦しくて、食事自体が嫌いでした。母が悲しむ顔を見るのは何よりも辛かったです。

母は、外側から見たら「愛情たっぷり」の理想的なお母さんでした。でも子供のわたしには辛かったのです。
母には悪いけれど、愛情を押し付けてるのは、結局母が「わたしを愛して!わたしを認めて!」と娘のわたしにおねだりしていたんだろうなぁって思います(魂の年齢は実年齢や生まれ順とは関係ないですからね)
期待に応えられない娘で申し訳なかったなぁと思う反面、母の学びには、わたしが娘であることが必須だったのだろうと感じます。
そういえば、母はホカ弁を毛嫌いしていました(笑)海苔弁が美味しかったと言ったら、自作の海苔弁をお弁当箱に詰めてくれたことがありますが、海苔の下には焼き鱈子が入っていて、トッピングには鳥の唐揚や卵焼きやウインナーが載っていて、豪華でやっぱり重苦しかったです(苦笑)贅沢な娘だったなぁ、わたし。ちょっと反省。

ホカ弁の素敵だなと思うのは、自分が欲しい時に買えて選べて、その場で温かいお弁当を提供してくれるところです。愛情ってそうだといいなと思います。必要な時に自分で選べて、その場で温かく受け取れるもの。
本当は母もそうしたかったんだろうなぁ〜頑張りすぎてたんだろうなと、今は思っています。その娘ですから、わたしも愛情の押し売りになりがちなので、人との距離感は適切以上に多めにとる傾向があるみたいです。
でもそれってわたしの愛ですから・・・(笑)

・・・
当ルームでは、親子関係で傷ついた過去を持つ方が多く訪れます。
自分をアダルトチルドレンだと自覚されてる方や、今も親と会うと上手くいかない方、わたしのようにすでに母が他界していて、感情のもつれをほどく相手がいない方など、様々です。
また、お子さんの問題でお悩みのお母さんも多く訪れます。案外問題は、お母さんの心の傷にあるかもしれません。

カウンセリングにはカウンセラーとの相性がとても大切なので『初回お試し電話カウンセリング』を、どうぞご利用ください(当ルームは不定休ですので、あらかじめスケジュールをご確認ください)
twitterでもルーム状況、ご予約可能なお時間などを時々お知らせしています。ぜひチェックしてくださいね。

posted by いわはし みなえ at 09:38| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする