Be(目標)+Say(語る)=美生(びせい) 
夢を語る美しい生き方を、ここから始めましょう。


2018年02月08日

依怙贔屓スタイル

 依怙贔屓(えこひいき)
 自分の気に入った人だけに味方し、不公平に遇するさま、などを意味する表現。


今日はちょっと自分の思うことをつらつらと。
依怙贔屓とは、元々は依怙(えこ)と贔屓(ひいき)を組み合わせた四文字熟語らしい。依怙も贔屓も、それぞれはそれほど悪い意味ではないのに、依怙贔屓というと、なんだかとても意地悪い意味に受け取れる。
世の中は不平等だ。真面目だから、正しいから報われるわけではない。不真面目でも間違っていても報われなくても、楽しい人生のほうが良いのではないだろうかと、若い頃は刹那的に考えていた。

こんなことを考えているのは、自分が依怙贔屓していると思うことがあるから。
それは悪いことなのだろうか、と考えてみる。
いつもわたしや他人に頼り、何でも準備してもらい、一応お礼は言うけどあまり感謝された気がしない友達が面倒なので、わたしもその友達の面倒をあまりみない。というか、かなり投げやりな態度なのだと思う。
一方で同じように頼られても、出来ることは自分でやろうとし、わたしのお手伝いに対してとても感謝してくれたり、わたしが困ってるときには手を貸してくれる友達については、少々骨が折れてもお手伝いしてしまう。同じ友達付き合いでも自分の接し方が全然違うのだが、周囲の人には前者の友達に対してわたしが「冷たい」と言われる。別に二人の友達に差を付けようと思っているわけではないが、結果的にわたしのなかで、依怙贔屓は起きる。
だからって前者の友達が嫌いなわけではない。自分の中に友達の査定があって、自分の査定の中でランク付けして付き合っているような、そんな気分。言葉にするとちょっと残酷だけど、こちらもランクに応じた付き合いをするので、腹も立たないしストレスも少ない。周りからは酷い差別的?不平等にみえたとしても、周りの目より自分の快適さのほうが、わたしにとってずっと大事。

そもそも、わたしのビジネススタイル自体、依怙贔屓が基準だ。一緒に仕事をする人も、自分のルームのクライエントさんも、契約先も、全て自分が気に入らなければ断っている。まさに「自分の気に入った人だけに味方する」スタイル。仕事は対価が伴うために、選好みして損をするのは自分なので、あまり依怙贔屓が良くないイメージはない。

自分が主体となって意識的に依怙贔屓することは、わたしにとっては必要なことだ。
しかし、依怙贔屓している自分が非常に薄情に周囲に映ることが、なにか自分の中で「これで良いんだろうか」という疑問が湧く原因なのではないかと想像する。
かなり他人の視線を気にしないマイペースなわたしでも、時々ふとそう思うのは、やはり小さなころから道徳を刷り込まれているからなのだろう。平等であらねばならない、正しくしなくてはならない、公平で在ることを刷り込まれ、自分が好きで快適な人や事に肩入れすることは幼稚と思われる。
でもそれでも、わたしは依怙贔屓スタイルを貫こうと思う。周囲の正義より、自分のきもちを大事にしたい。

そして、周囲から依怙贔屓してもらえるほうが、してもらえないよりずっと得だ。でも依怙贔屓してもらえる人は、やっぱり依怙贔屓で人付き合いをしている気もする。結局自分の選好みはとても大事なのではないかと思う。好きなのだから肩入れする、贔屓する。
やっぱり依怙贔屓は、悪いことじゃないな。なんてちょっと思う。

・・・
わたしのクライエントさんは、わたしが決めます。
そのために「お試し無料カウンセリング」をさせていただいております(現在お休み中、3月半ばより復活予定です)
お試しでお話させていただき、自分のクライエントさんではないと思う時は、潔くお断りするか、他のカウンセラーや医療機関をお勧めします。まったくもって依怙贔屓です。でもクライエントさんにとっても、相性が悪かったり、受け止めきれないカウンセラーが担当するよりは、自分に合ったカウンセラーを探すほうが、ずっと悩みの解決が早くなると思うんです。
・・と書いていて、やはり依怙贔屓は、悪い事ではないかなぁなどと思いなおしました。良いも悪いもそもそもないとは思うけれど。そんなひとりごと。
posted by いわはし みなえ at 16:13| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月03日

2018年あけました。今年とか33とかイロイロ

あけましておめでとうございます。
2018年、平成30年ですね。例年通りスキー三昧な毎日で年越しの気分が微妙に薄い感じです(笑)

今年は6月に、この松戸市に3.3.7Besayをオープンして、6周年を迎えます。昨年の5周年の節目は、ルームもわたし自身も大きな飛躍の年でした。たくさんの方をお迎えして送り出し、自分の使命を感じる幸せな毎日です。

今年も沢山のことにチャレンジしたいなぁと思いますし、多くの方の今年の目標をお聴きしたいです。
毎年わたしは『立春の前日である2月3日、節分までに今年の目標を決めましょう』とお話して、立春の2月4日から翌年の2月3日までの一年で、目標チャレンジできるように計画を立ててもらいます。
理由は色々ありますが、そうすると忙しい年の瀬に、今年を振り返ってやれてないことも、2月3日まで猶予があるので心に余裕を持ちやすい気がします。それに立春からの一年のほうが、春を基準に季節で一年をカウントするので、なんだか身も心もリズムに乗りやすい感じがしています。

そんなわたしは、2018年も色々と取り組みたいことがあります。
カウンセラーとしてキャリアコンサルタントとして、自己研鑽や多くの臨床実績を持つのは例年通りの目標です。これは永遠に終わらないテーマなので、ライフワークとして取り組みたいと思います。
今年は更に、数秘学を学びたいなぁと思っています。数秘というと占い的で、アンチスピリチュアル派のわたしとしては(苦笑)今まではあまり深堀することを考えてはいなかったのですが、自分自身が33というマスターナンバーであることを知って、自分を理解し肯定できたことがとても大きかったのも事実です。今でもカウンセリングの際には、ひっそりとナンバー別にクライエントさんには伝え方を変えていますが、やはりそれぞれ特性を知って伝え方を変えていくことは、とても有効なのではないかと思うんです。
それで、もうちょっと勉強してみようかなぁと思います。
ますます自分が思っている方向とは違うほうに進んでいる気もしますが…(あくまでも心理学者で在りたいわたしと、スピリチュアル的要素を取り入れてしまうわたしとの葛藤です^^;)

また、去年も思っていたことですが、もっとカウンセラーとしての枠を外して、クライエントさんが必要なことに積極的に取り組みたいと思います。イベントとかもやりたいなぁ〜と思うんですが、どうもそうゆうことではないのかも?と感じています。形や枠ではなくて、その時々に必要なことをやりたいなと。そのためにはほかの方とのコラボレーションも必要なのかもしれません。どんなことが具体的にできるのかを、立春までに考え中。

個人的には、引き続きKUMON英語(今年は最終章まで終わって卒業するのが目標!)そして新しくタイ語もちょっと勉強したい(そしてまたタイに行きたい!)
一人旅は東北が多かったけれど、信州のほうにも行きたいなと思っています。

3年かけて伸ばした髪も、今年はヘアドネーションする予定!切るタイミングが難しくていつどこで切ろうか悩ましいです(情報求む)



そんなわたしのお正月、本日よりルームオープンしています。でも明日4日から8日まではスキーで不在^^;
相変わらずマイペースなルームと仕事っぷりですが、すでに万人に愛されることは望んでいません。
わたしとあなたのご縁で、また今年一年楽しみながら成長したいですね。
そんなご縁を感じる方を、今年もお待ちしています^^

本年もどうぞよろしくお願いします 

お試し無料カウンセリングにつきましては、2018年4月ころからの再開を予定しております。長らくお休みしてごめんなさい。冬季はルームのオープン日が限られておりますので、ご継続のご相談者様を最優先でご予約承ります。ご理解くださいませ。
posted by いわはし みなえ at 11:25| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月23日

何もないから決めたんです

長らくルームも外勤もお休みして、旅に出ておりました。
昨日無事に帰宅しました。休暇中はご連絡など滞り、ご迷惑をおかけしました。
旅での出会いや気付き、体験など、まだ自分の中でも消化しきれていなくて(あまりにも楽しくて素晴らしかったせいで感傷的になってしまって)また改めてブログにまとめたいと思っています。
今日は最近ずっと思うこと、尋ねられることなどの話題。

わたしは20代で結婚と離婚をして、現在の夫と出会って15年。そのうち入籍して同じ苗字になって7年目。
夫は現在会社を経営していてけっこう稼いでくれているので『結婚したのは夫がお金持ちだから?』とたまに尋ねられます。尋ねられれば明確に否定できるのですが、まことしやかに『財産目当て』とウワサもされているようなので(苦笑)ちょっとこの場を借りて、夫と結婚したタイミングについて書いておこうかなと思います。ついでにお金にまつわるお話も。

出会いは沖縄、そのころの夫は上場企業の役員で『金融資産1億円』というのが自慢の鼻持ちならない人でした。わたしは夫と出会う前は大阪で北新地のホステスしてましたから、1億程度の資産の持ち主はたくさん知っていたし、その気になればそれ以上のお金持ちとはいつでも結婚できる自信もあって、夫のことは全く好きではありませんでした。それが何故かご縁あってお付き合いすることになり、夫が東京に戻ることになったので、わたしも一緒に上京してきました。
それから数年後、夫は人に裏切られたり騙されたりしてずいぶん傷ついていました。更に運悪くアメリカのリーマンショックがあって、当時投資していた物件もビジネスパートナーが匙を投げて逃げ出しました。
夫はすっかりやる気をなくして一度ビジネスを『リタイア』しました。つまり無職、早すぎる隠居生活です。

夫には、わたし以外に何もなくなりました。
今までの栄光も、財産も、肩書もなくなって、彼に群がる知り合いは周りから消えました。色んなウワサも誤解もされていました。なぜだかわたしの3倍持ってた洋服も捨て始めました。まだ断捨離なんて言葉が流行する前です。当時住んでいたのは古い分譲公団、しかも訳あってわたしの旧姓名義。夫の社会的な立場がなくなりつつありました。

わたしは常々『本当に大切なものは、手のひらに乗るものだけ、他には何も要らないはず』と言い続けていました。自分を取り囲むものが多ければ多いほど、人は身動きが取れなくなります。新しいものを手に入れたければ、まず自分が身軽になることは何より大事だと思っていましたから、それを実践する夫が、誇らしく思えました。そして『彼は必ず再生する』と理由なく確信しました。ビジネスのセンスは素晴らしいものを持っているのは知っていたし、再生した彼は今までよりずっと豊かになると閃きました。
わたしのこの、根拠のない閃きと自信は、絶対に外れないのは今までの体験で知っていたので、それまではわたしが稼ごうと決めました。夫はわたしがガツガツ働くのを良しとしなかったので、それまでは仕事を控えるように心がけていましたが、自分が本気になればそれなりに稼げる自信もあったので、夫には告げませんでしたが、最悪仕事がなければ水商売に戻る覚悟を決めました。
わたしもアラフォーに突入していたのに、よくそんなこと考えてたなぁと今考えると恥ずかしくなります。ホステスの商品価値としては年齢がちょっと行き過ぎていたのに、どこからその自信が生まれたんだろう?謎です…

そうしてわたしは、無職の夫と結婚しました。
運よくそのタイミングで、わたしのビジネスに、納得いく金額で企業からオファーを頂きました。
ささやかながら結婚パーティも開いて、そのパーティの翌月から契約企業で仕事を始めました。
パーティでは「これからはわたしが稼ぎます」と宣言し、夫は「みなっちに食べさせてもらう」と言ってた気がします(笑)
でもわたしには、それが一生続くことはまるで想像していませんでしたけれど…

その一年後、夫はご縁ある会社に社会復帰して、その会社の株を取得し代表取締役となり、会社がトントン拍子に成長して、出会ったころの何倍もの財産を手に入れたようです。正確にいくらあるのかは知りませんが、無くなった財産を取り戻す以上に豊かになっているでしょう。
夫が稼ぐようになったので、わたしは選手交代とばかりにフルタイムの企業勤めは辞めました。やりたいことがたくさんあって、いまこうして自由になる時間が増えて、本当にわたしは幸せです。

ですから、夫が『お金持ちだから』結婚したわけではないんです。無職で何もないから決めました。
そもそも、今もお金持ちとは思っていません。生まれた時からのお金持ちの方々を、わたしはたくさん見てきましたが、もちろんその方々もお金には困っていないでしょうが、お金を『持っている』意識は薄いのではないでしょうか。

お金は川のように流れているものです。それを小さな器で梳くっているのか、大きな瓶に溜めているのか、それとも水路を引いて使うのか…それぞれなのではないかと思います。
もちろん、経済は豊かなほうが余計な心配が少ないでしょうし不安も少ないようです。でも『川にいけばある』ことを知っていれば、それほどガツガツしなくて済みます。そしてガツガツしない人は、なぜかお金を循環させて、再び自分の手元に呼び寄せることが出来ます。

小さい頃に日曜学校で『本当に必要なものは、神様が準備してくださる』と言われた言葉を、わたしはずっと忘れません。なぜかその言葉をずっと信じて、たとえどんなにお金がなくても必ず必要な分は巡ってくるものと思っていました。巡っていると知っていれば、手放すことも簡単です。だって手放しても再び巡ってくるんですから。
そんなわたしの小さな経済哲学は、よく考えたら世の中の経済とよく似ています。国民が消費しなければ日本の経済は潤わないものです。だけど多くの人は自分が消費することを躊躇って抱えてしまいます。
別に無駄金使えと言ってるわけじゃないんです。ただ『自分のために準備されるものがあること』を知ることは、とても大事だと思います。

言葉だけでなく、心からそれを知ることはとても難しく不安なことですが、それが出来る人はとても豊かになっていることも、わたしは随分見てきたし体験しました。
もちろんわたし自身、今日食べるごはんに困る生活もしてきたし、わたしたちが今の生活をするまでは、紆余曲折様々な試練がありました。でもわたしは、なにか行き詰った時に「お金がないから」とは絶対に言いたくないし、今までも言いませんでした。お金のせいにするのは自分がとても惨めです。本当に必要なものは準備されます。いまそれが出来ないのは本当に必要ではないか、その時期ではないからです。
お金のせいにすればするほど、お金は巡ってこなくなります。お金に執着したり、ため込むことも同じです。
そして、どうせお金を支払うなら『気持ちよく』お支払いしたいものですね。

日本にはチップの文化がないけれど、良いサービスには支払えるならチップを支払いたいものです。
支払うチップがなければ、自分の体験を友達に話したり拡散したりするのも、ビジネスを支援するのでチップ代わりになるでしょう。

わたしが思う、貧しい人はこんな人です。
 1、自分が持っているものを、何一つ手放したくはない
 2、他人が持っているものや、より良いものを更にほしいと願う
 3、余計に支払いたくはない(損はしたくない)と思う

そして貧しい人は、豊かにはなれません。何も捨てれなければ新しい生き方を獲得できないのです。
豊かさは、お金だけでないことを知っている人もたくさんいます。足りるだけあれば良いと思っているから心がとても豊かで、そうゆう方は他の人に心から親切です。
わたしも心が豊かな人で在りたい…もっと喜ばれるビジネスをしたいと常々思います。

今回お休みをいただき、旅に出て、たくさんの出会いと刺激がありました。
そうして原点に戻り、夫が再生した時のように、多くの人が新しい生き方を見出す伴走者としてカウンセラーを続けたいと強く思います。
旅の話は、また次回・・・^^

・・・
★お試し無料カウンセリングについて★
現在ご好評継続中ではありますが、2017年12月17日より、お試し無料を当面お休みする予定です。
ご利用をご検討中の方は、お早めにご利用ください。再会の目途は2018年春を予定しています。どうぞよろしくお願いします。
カウンセリングについてはコチラからどうぞ^^









posted by いわはし みなえ at 16:45| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする