Be(目標)+Say(語る)=美生(びせい) 
夢を語る美しい生き方を、ここから始めましょう。


2018年06月24日

信じる力

『信じる』の対義語は『疑う』です。
人を信じられないということは、人を疑っているということでもあります。
そして、多くの方が、人を信じられず(疑って)苦しい思いをされているのだなぁと日々思います。
もちろん、人を信じられなくなった経緯の中には、信頼してる人に裏切られたり、ウソをつかれたり、騙されたりしたこともあったのでしょう。
とても傷つき悲しみ、誰を信じて良いのかわからない。。わたしにも経験があります。

信じることは、力が必要なのかもしれないなぁと、最近思うんです。
信じる筋力、わたしはそんな風に思います。
筋力ですから、鍛えて育てなくてはなりません。けっこう大変な作業です(苦笑)

人を信じるということは、その前提にまず、自分を信じられなくてはなりません。
自己肯定感が低いと、自分のことが信じられず、そんな自分に相手は信じてくれるわけがないという「思い込み」があり、ますます信じる筋力は弱まります。しかもそうゆう時に限って、疑いを見張って、わざわざ信じられないことを立証する事実を探したりして・・

わたしもそうでした。
まるで自分が信じられない頃は、友達も恋人も信じられませんでした。
相手に「信じてるよ」「信じていいんだよね」と念を押しながら、疑いのパトロールを続ける日々でした。
電話をかけて、相手が出なければ「やっぱりわたし、良く思われてない」とか、そのまま折り返しのコールがなければ「もう嫌われてるかも」など、どんどん相手を疑いました。自分のことをまるで信じられないので「こんなわたしは、どうせ誰からも嫌われる」と悲劇のヒロインになりきり、むやみやたらに食べたり吐いたりを繰り返しました。

現在の夫と出会ったとき、夫は仕事で西関東を飛び回る謎の人で、遊びや接待で夜のお店に出入りすることも多く、とても信じられるようなタイプにはみえませんでした。当時の友達も、10人いたら10人共が「みなえには他にもっと誠実な人がいるよ、あの人で本当に良いの?」と尋ねるほど(笑)
わたしは自分のことがまるで信じられませんでしたが、夫への疑いのパトロールに疲れ果てた挙句、最終的には疑うことを止めました。今でもその決断した日のことを、よく覚えています。
当時、夫の出張中に毎朝モーニングコールをかけるのがわたしの役目でしたが、ある朝夫の電話が繋がりませんでした。何度かけなおしても繋がらず、午後になってやっと電話が通じてとりあえず一安心したものの、その後に夫の友人から電話で『夫の浮気疑惑』を聞かされました。
頭が真っ白で、ひたすら泣きわめき、食べ吐きを繰り返し「やっぱりわたしは捨てられる、どうせ愛されてない、わたしは選ばれない」と嘆いて、それでもやっぱり夫と別れる決断ができずに、もう疑いのパトロールを止めようと、心に誓いました。

『まるっと信じる』
その時、ふいに心に突然浮かんだ言葉でした。
事実がどうであれ、とにかくわたしは信じようと。
もうこの先、彼が何を言っても、その話がどれだけ矛盾していたとしても、わたしは彼を『まるっと信じる』ことに決めよう。そう強く思いました。もちろんそう思っても、何度も疑いたくなるし、矛盾してることは問い詰めたくなりました。
それでもわたしは信じる、そう何度も思いなおしました。自分が愛されてるか愛されてないか、そんなことはもうどうでもよくて、ただ一緒に時を過ごすこの時間を信じようと自分を励まし続けました。大事なのは事実ではなく、わたしの中の真実です。当時のわたしの真実は、夫からの言葉と態度と、夫がわたしと一緒にいることを選択している生活でした。事実は色々あるかもしれない、でもわたしの真実を信じようと誓いました。
(後に『浮気疑惑』は夫を陥れるためのウソだとわかりましたが、その時はもうどうでもよくなっていました)

よく『自分を信じろ』と仰る方がいますが、自分を信じることがそんなに簡単なら、こんなに苦しくないと思うんです。
自分を信じられないからこそ、不安で悲しくて苦しい。でもそれでも、愛する人を疑うよりは、まるっと引き受けて信じることを、ただひたすら続けると、いつしかそれが自分の自信になって自分を信じる結果になっていた・・というのがわたしの体験です。
最初から上手くは出来ません。信じる筋力をつけるには、それなりに試練もあります。弱音を吐きたい時も、励ましの言葉が欲しい時もありました。
でも振り返ってみたら、丸腰で夫の全てを信じることを決めてからすでに16年、今、我が夫は、自他ともに認める愛妻家です(笑)
そうしてわたしも「まるっと」夫に信じてもらえている実感があります。そうして相手を「まるっと信じる」ことができると、自分だけでなく相手も筋力鍛えられる気がします。結局ノロケでごめんなさい(笑)

・・・
信じる力は、なかなかひとりでは育ちません。
当時はわたしも、自分の信頼できるカウンセラーがいたのでここまでこれたと思います。
カウンセラーはあなたの伴走者で、応援団です。
どうぞお気軽にお試しくださいね。


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posted by いわはし みなえ at 09:48| Comment(0) | カウンセリング日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月17日

恋することは学ぶこと

祝!3.3.7Besay6周年!

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さてさて、恋愛相談はカウンセリングの中でも多い相談内容です。
若い頃なら友達に相談できるけれど、それなりに経験を重ねた大人が恋に落ちてなかなか人に言えないとか、そもそも秘密の恋とか、LGBTの恋愛で偏見を持たれてしまうとか・・
誰かにときめく、恋することは、とても素晴らしいことと思います。
わたしなんかは、もう一生分の恋を燃やし尽くして結婚したので、二度とあの高揚感はないだろうと思うと、少し残念な気がします。

もちろん恋する当人は、楽しい事だけではなく、苦しく切なく、時に痛い思いもされて、その気持ちを吐き出したくてカウンセリングに訪れます。それでもやっぱり、人は恋して学ぶこと、成長できることがたくさんあるのだなぁと改めて思います。

恋は一人ではできません。
だから恋すると、相手のことばかり考え、相手が気になり、相手の態度に一喜一憂します。
相手には自分を見てほしいし、一番に優先してほしくなります。
他の人に脇目を振ってほしくない、独占欲も嫉妬も溢れます。
今まで気づかなかった自分の生き癖や、考え癖も顕著に現れます。
思ってもみなかった自分の欲求が突出して、戸惑うこともあるかもしれません。

なんでしょうね、恋って。
自分のエゴイズムが、黒くて汚いものが胸の中からどんどん繁殖してくるような。

わたしは、恋することは愛を学ぶためのレッスンと考えています。
自分の中の黒くて汚いものをしっかり受け止め、自分を知り、自分の欲求を満たすための努力をして、そうして恋が愛に近づくと、相手に求めるものはどんどん削り落されていきます。

ポイントは、自分の欲求を知ったら、それを相手に満たしてもらおうと思わないことです。
相手に満たしてもらおうと思えば、そうしてくれない相手を恨んだり、怒ったりします。
好きな人に出会ったのに、好きな人を憎む結果になるのは、なんだか辛いと思うんです。
だから、自分の欲求を自分で満たしてあげます。そうは言っても自分でなかなか満たせないから、相手に頼りたくなるんですけれど。
満たせないと「クレクレ」となって、相手から奪う結果になってしまい、恋は長く続きません。
だから自分で満たすレッスンです。そこには大きな学びがあります。

そうして恋が愛に代わると、相手に「与えたくて仕方ない」気持ちになってしまいます。
尽くすのとはちょっと違うんです。ただ愛が溢れてしまう。
溢れた愛は、互いに循環します。そうして循環して愛が大きくなると、きっと世の中ってとても平和で温かいのではないかと想像しています。

だから、愛を循環するには、まず恋をして学ばなくてはなりません。
いくつになっても恋をして学び、愛を知るチャンスがあります。
恋に正しいも間違えもありません。
きっと学ぶ必要があるから、恋が起きるんでしょうね。

ちなみに何故人は恋をするのか・・の問いに、江原啓之さんは「寂しいから」と答えていました。
寂しさを感じることから始めることも、恋を知り、愛になるステップなのかもしれないなぁと思います。

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ちなみに我が岩橋家は、ノロケですが『愛の循環が非常に上手く行っている夫婦関係』だと思います(笑)
お蔭で夫の稼ぎは右肩上がりで、趣味のゴルフも絶好調みたいです。わたしも夫のお蔭で自由な仕事と時間を満喫しています。
うちに遊びに来る独身女子達は、わたしたちをみて「結婚したくなる」そうです。
そんなわたしたちも、互いに恋をして、自分の黒い気持ちと向き合って、時に「クレクレ」になったり時に罵り合いながらも、互いを認め、自分を満たして愛に昇華させました。そんなノウハウ、カウンセリングではこっそりお知らせしています・・ぜひお楽しみに♡

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posted by いわはし みなえ at 11:30| Comment(0) | カウンセリング日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月08日

わたしはナニモノ問題。そして6年が経ちました

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「わたしは何者で在るのか」
「何のために生まれてきたのか」

とても哲学的なお悩みです。けっこうこのようなお悩みの方は多く、きっかけは仕事のことだったり、性的マイノリティーだったり、何をやってもうまくいかない生きづらさだったり様々で、ひとりで考えても答えが見つからなくてカウンセリングにお越しになります。
わたしはクライエントさんと一緒に考えていきます。もちろん答えはいつか見出すときがあるのだと思います。
すべての経験が必要で起きて、それらが全て学びの糧となり、いつか自分の役目を知り、今まで生かされてきたことを、わたしは経験を通じて知っています。ですから目の前のクライエントさんの経験を繋ぎ、どんな学びがあり、その先にどんな未来や役目があるのか・・そっと寄り添い探すお手伝いをしていきます。

でも、最近の傾向なのか、自分自身を型に当てはめようとする方が多い気もするんです。
例えば「発達障害」を疑って、ご自身や家族がカウンセリングに来られるケースはとても多いのですが、本当にそのことで生きづらければ、カウンセリングではなく専門の精神科医を受診すればよいと思うのです。
発達障害に限らずですが(これは極めて私的な見解ですが)病名が必要な人は、その病名を持つことで、自分の取扱説明書を相手に知ってもらうことが大切で、病気そのものは悪いものでも良いものでもないと思うんです。
わたし自身は発達障害というものは、水や虹の色が、様々な角度や見方で変化していくように、その人の特性が色濃く出たり薄まったりしていて、強く出過ぎた特性で生きづらさ(障害)を感じてる方のこと、と捉えています。あまりにも生きづらいから「発達障害」という病名を取扱説明書として持ち、周知してもらえることが大事で、発達障害が悪い訳でも特別なわけでもないと思っています。
そして、病気は医師が治療するものですから、カウンセラーはお手伝いは出来ても解決は出来ません。わたしは「発達障害」という個性を持ったその人が、その個性や経験の意味を一緒に考えていくことは出来ます。発達障害がその方のアイデンティティそのものではないと思います。

発達障害という型に自分をはめ込もうとして、自らを削ぎ落して余計に苦しい生き方をしている方に、とても多く出会います。
もちろん発達障害に限らず、うつや社交性不安障害、内向的か外向的か、男性であることや女性であること、父や母であること、社会人であること、LGBTなど、様々な型に自分から入ろうとしたり、不要だと思うことを切り捨てたり、自分で思い込んだりするのは、なんだか不自然です。
日本人の気質的問題もあるのかもしれません。世界では血液型占いはそれほど流行ってはいませんが、日本では根強い人気だし、それ以上に「自分はA型だから」「あなたはB型だから」と、血液型占いに沿って自分の思考を合わせてしまっている傾向は、様々な方の心理研究で警告されています。
もちろん「わたしはO型」というのは、わたしのアイデンティティの一部です。でもそれが全てではなく、ただの血液型です。
O型だからおおらかである必要はないし、大雑把だと決めつけられる必要はなく、O型のわたしが何者であるかは、わたしが自由に決めて良いのではないかと思います。

過度なカテゴライズで自己分析する方のことを「わたしは何者問題」と呼んでますが(わたしが勝手に呼んでます)病気が在ろうとなかろうと、血液型が何型でも、お父さんでもお母さんでも、オトコでもオンナでも、その先の「わたし」を見つめてほしいです。
生まれてきた意味は必ずあり、生きている間の学びや役目はみんな持っています。
それを探す旅が人生なのですから、苦しい時は一緒に考えましょう。

この季節は、自分が何者かわからずに苦しみ、死にたくなる方にも多く出会いますが、死は誰でも避けられず、生まれてきた瞬間に平等に与えらています。そしてわたしたちは、生かされている意味があります。
カテゴライズは、その先の自分を知るきっかけに過ぎません。その先に上手く進めないときはお手伝いします。
勇気を持ってご連絡ください。お待ちしています。

・・・

実はわたしも「わたしは何者であるか」を問いつつ、松戸市でカウンセリングルームをオープンしました。
わたしの役目はカウンセリングを通じて、多くの方の気付きを促すこと、生きることを楽しくすること。その先に何があるのかは、今もまだ模索中です。もしかすると将来は、カウンセラーを捨てて、別の方法でわたしの役目を果たすのかもしれません。
そんなわたしのカウンセリングルーム、3.3.7besay…

お蔭様で、3.3.7Besayも6周年を迎えました!
多くの方にお越しいただき、またお電話でお話させていただき、メールの中で対話させていただきました。
わたしの『型にはまらないカウンセリングスタイル』は更に型を抜け出し(苦笑)時々宇宙人的な発信もしますが(今日のブログもたぶんそうですよね💦)この調子でわたしらしく7年目を過ごしていこうと思います。
なにで一言、言わせてください。

わたしの周りのみなさま、クライエントのみなさま、いつもありがとうございます。感謝しかありません。
わたしに出会って下さった多くのみなさま、どうもありがとうございます。
そしてこれから出会うみなさま、心からお待ちしています。
感謝を込めて。

いわはしみなえ





posted by いわはし みなえ at 12:01| Comment(0) | カウンセリング日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする