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2017年09月18日

偽善者

今年に入ってから、元々そうだけど、更に無理なものは無理だと思うようになり、自分のやりたいことに忠実になり、どんどんワガママにもなり(苦笑)好きな人だけに会って、苦手な人には会わないことにして、やりたい仕事だけ引き受けて、相手に無理に合わせることなく、好き勝手させてもらっています。

でもそんな生き方しても、わたし含めて周りの誰も困らないことに改めて驚くし、別に嫌われるわけでもない(前提としては「嫌われてもいい」とは思ってます)むしろ歓迎されてる感じも否めなくて、『気遣いさんのわたし』はどこへ行ってしまったんだろうか・・と自分でも不思議です。
もちろんそんな生き方へシフトできたのは、素晴らしい出会いや触発されるアレコレがあったからなのですが、それはまた別の機会に…

で、今まで『気遣いさんのわたし』がやってたことを止めたので、それでご縁が遠のくことも多々起きています。でもそこを恐れていては結局今までと同じなので、思い切って自分の意見をちゃんと相手に伝えて、それで相手と距離を置きたくなったらそうするし、会いたくなれば会う約束をするし、心が動かないときはそのまま放置します。
それで思ったのは『気遣いさんのわたし』がやってたことは、すごく偽善者だったなって。

偽善者の定義が知りたくなって辞書で調べたら「偽善を行う人」と書いてあったので、偽善を調べたら「うわべをいかにも善人らしく見せかけること。また、そういう行為」なんだそうです。なるほど。

カウンセラーという職業柄、なぜか人格者に思われたり、人に優しい善人と思われたり、プライベートで相談されたり気持ちを吐露されたりすることは多いのですが、今までは確かに『カウンセラーらしく』お応えしようと思っていました。
でもね、わたしにとってカウンセラーは仕事の役割なんです。ビジネスで費用が発生するんです。だから費用が発生しないプライベートでカウンセラーの役割をし続けること自体が、すでにわたしの『偽善』だったんだろうなぁって今は思っています。
偽善の定義の「善人らしく」を「カウンセラーらしく」に入れ替えるとすごく腑に落ちます。だって世の中から求められるカウンセラーのイメージって「カウンセラー=善人、人格者」なんだもの(わたしの個人的な意見だけど、多くのカウンセラーがそれで悩んでるのも事実です)

 うわべをいかにもカウンセラーらしく見せかけること。また、そういう行為

仕事では完璧にカウンセラーになれる(何故ならそれはわたしのビジネスだから)けれど、仕事以外は普通の人間です。友達同士のお付き合いでは言いたいことは言いたいし、相手の言葉で傷ついたら傷ついたと言いたい…もしかして他の方々もいろんな「役割」で偽善してないのかなって気になり始めて、周りをウォッチし始めたんですが…みんなみんな偽善の中で生きてるんですねぇ。いや、偽善が悪いとは思いませんよ、時に必要な時もあります。それ自体わかってるならちゃんと善と偽を使い分けてることだし、問題ないと思うんです。
やっかいなのは「無意識な偽善」の行為です。

お母さんが子供によく言う「あなたのために」は、ほんと偽善ですよね。でもきっと発するお母さんは、偽善とは思っていません。
ホントはお母さん自身のためなのに「あなたのために」と子供を呪う、恐ろしい言葉だと思います。
社会的役割が刷り込まれ過ぎちゃって、その通りに生きるのが「正解」だと思ってる人も痛々しいです。
たとえば教師とか警察官とかお堅い職業の方は、人の模範として生きるのが正解みたいになっちゃってるけれど、それも「無意識な偽善」じゃないのかなぁって思います。別に悪いことしなさいとは言わないけれど、そうして無意識に自分を抑圧してると、自意識が弾けると(例えば泥酔したり、過食モードに入ったりすると)とんでもないことしちゃたりね…そうゆうクライエントさん、とても多いんです。

変な正義感も、偽善で他人を追い込みます。そもそも世の中に良いことも悪いこともないと思うんです。正しさって誰が決めたのって聞かれれば、人間が決めたルールですからね。命に係わること以外は、善も悪も本当はないんじゃないのかなぁって思うんです。

最近、不倫のニュースが飛び交ってて大騒ぎだし、公人は社会的制裁を受けていますが、ほんとに必要なのかなって思うんです。だって民族が違えば、一夫多妻だったり乱婚だったり、それが日常なんですよ、同じ人間なのに。わたしは別に不倫を肯定するわけじゃないけれど、みんな偽善でジャッジしてなんかおかしいと思うんですよね。しかも他人のことなのに。

自分が自分の行為をどこまで許すか、相手の気持ちをどこまで尊重するかで、自分の行動範囲を自分が決めればいいと思うんです。相手が悲しむのを見たくなければ悲しまない程度までの行動にすればいいですし、相手が許容範囲なら、その許容範囲の中で行動すればいい・・そうゆうのがパートナーシップなんじゃないのかなぁってわたしは思います。

そして、偽善は意識して使い分けることが大事だなぁって思うんです。
全部本音ではさすがに生きていけないから、時に良い人ぶるのは必要なこと。でもどこでどれくらい、偽善にするからはその人次第。怖いのは、偽善に支配されちゃって『正しさ』ばっかり追いかけてしまう生き方。

なんか生きづらい、いつも怒ってる、他人が許せない.. と言う方、もしかして偽善に支配されちゃってるかもしれませんよ。

・・・
わたしは一般的なカウンセラーよりは、よほど手厳しいと思うし、クライエントさんからもよく言われますが(苦笑)それでも偽善な部分があったなと反省することもあります。
だからみんな、自分の偽善に気付かずに、ただ結果として生きづらさを抱えていることも多いものです。
そんな自分に気付くことから、人生は大きく動きます。そんなきっかけに、カウンセリングをご利用いただければなぁと思って、わたしの小さなカウンセリングルームは在ります。

当ルームを初めてご利用いただく方に初回無料の電話カウンセリング(40分)をご用意しております。どうぞお気軽にご利用くださいね(当日予約はお電話のみですが、出られないこともかなりの確率で多いです。また不定休のため営業日を確認の上お電話ください)*WEBからのお申込みが簡単になりました!






posted by いわはし みなえ at 11:44| Comment(0) | カウンセリング日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

強さと緩さと、流れる勇気

今年の春頃から、自分の殻を打ち破ってる感覚がずーっとあって、新しい出会いや、新しい気づきや、新しい仕事(ビジネスと言うよりは修行?)や、新しい変化が続いています。その反面、捨てるものもあり、遠のくご縁や切るご縁もあります。
新しく手にしたものと手放したものとで、いつもちょうど良い量のアレコレを、わたしは手にしているんだと思います。こうして入れ替わる作業が進むたびに『すべては水のように流れて一巡している』と感じています。

水は川に流れ、川は海に流れ、海の水は蒸発してやがて雨になり、そして雨は地面に降って水になる…
今のわたしを例えると『蒸発してる』あたりかなぁ〜?雨になる直前ってジメジメして薄暗くて、モヤモヤしていて。同じようにわたしの心も今、モヤモヤした感じです。でも不思議と嫌ではないんですけれど、ただ周りは薄暗いし、雨が降る対策をしたいような、そんな気持ちです。

わたしは「自由な人」とか「自然な人」と言われることが多くて、自分でも『自由で枠が薄い人』を目指してきた自覚があります。だけど今度は『自由で枠が薄い』ことに囚われ過ぎて、自分を無意識に演出してきたのではないかと思い始めるようになりました。外面は物わかり良い顔をしていても、本当はそうでもない自分というのも気付いていました。ずいぶん軟化してきたけれど、まだまだ完璧主義なところもあるし、自分にも厳しいので他人にも厳しさを求めている(けれど表向きは厳しくはしないだけ)のかなぁと感じていました。
周りを気にしないことに注力して、自分を気にしていなかったというか、どこにも属さない自分を目指して、立ち位置を見失っていたというか…

なので、全部いったん、捨ててみようと思ったんです。自分の価値観や複雑に交差する野心や、持ってる偏見や、将来の目標や、見栄や、プライドも、全部です。
『心を空っぽにする』ってよく言いますけれど、どうやるのか実はよくわかっていませんでした。瞑想も実は不得意だし・・💦
でもやってみて思うのは、心じゃなくて『思考を空っぽにする』ものなんじゃないのかなと思っています。思考を手放すというのかな。
心は在りのままで、いろんなことを感じたり思いついたりします。それを記憶として留めたり、善悪で判断したり、増長したり抑圧したりするのは思考です。心は単にいつも、そこを温めたり風通しを良くしてあげたりして、いつでも本当は空っぽで快適なのではないかと気付きました。そしてどんなことが心に湧き起こっても、すべて自分の内からくる大切な感情だし想いです。思考を使い過ぎてそれらをお座成りにしていないかなと思うんです。もう命に係わることと、最低限のTODO以外は、心のままに過ごすセルフ実験でした。

哲学&心理学好きなわたしが考えるのを止めるのはけっこう辛い作業ですが、出来るだけ心で思いついたことだけを、執着せずにやってみようと思いました。気が変ったら変わったで流れよう、思いが浮かんだままに暮らしてみようと。そうして9月に入って、いま自分の内面も、水のように一巡してきているのを感じています。
「あれしなきゃ、これしなきゃ」の口癖もずいぶん減りました(笑)自覚はあったんですけど、なかなか治らなかったんです。

今までカウンセラーとして、目の前の人の心を映し出す作業ばかりに注力してきました。
いろんな角度から自分を見つめられるように、ミラーハウスのように360度どこからでも映し出して、そうしてクライエントの真の想いに自ら気付き、成長したい気持ちを支援していくというのが、わたしの手法でした。カウンセラーとしての役割をすべき、というか。
八方塞がりになるまで鏡として相手を映し出そうとするから、相手は思考が止まらず大変なのだと思います。だけど一時的にその状態は必要だと思っています(それは今でも変わりません)
でもミラーハウスじゃなくてもよかったのかもしれないなぁとも思い始めています。その緩さを作ってあげなくては、心の体力が持たないクライエントはカウンセリングを続けていくことは難しいのかもしれない・・など考え始めています。

カウンセラーになってから今までの長い間、わたしのカウンセリングは、自ら成長したいと望む、かなりセルフマゾ気質の人しか続けていけない(卒業できない)と感じていたし、そうクライエントにもお話し続けてきました。だから「ただ慰められる癒されるカウンセリングが希望なら、ここではないですよ」と初回にはっきりお話して、こちらからお断りするケースも今までかなりありました。わたしにとってカウンセリングとは、単にお金を稼ぐ手段ではなくライフワークのひとつなので、クライエントもずいぶん選ばせていただきてきました。そのために初回を無料電話カウンセリングさせて頂いてるわけですが・・・

つまりわたしは、わたしのカウンセリングを望むクライエントに、ある一定のレベルと覚悟を求めてきたわけです。でも今は、なんだかそこまでの覚悟がまだ決まらない人でも、決まるまで一緒に流れを見つめる作業が出来るのかもしれないな・・と感じています。
焦らない、急がない・・とクライエントに言い続けても、実は焦って急いでいたのはわたしのほうなのかな、と・・(だって時間もお金もかけてカウンセリングに来ていただいているのですから、カウンセラーとしては、やはり結果にコミットしたいのです)

緩々と流れに身を置くこと、そしてそれを見つめる作業は、わたしのような性格ではけっこう勇気が要るものだなぁと感じています。自分で実践してみて、けっこう根気が必要なこともわかりました。本来非常に効率的なことを好むわたしにとって、流れに身を置くのは非効率だと感じる場面もたくさんあるからです。
でも、その非効率な時間こそ、心がゆったりと気ままに過ごせるものだと改めて思います。今までも自由な人生だけど、なんだか更にもっと自由を謳歌できる気がします(笑)
そして、自分がさらに自由になると、もっと相手の自由を応援できるものですね。わたしのカウンセリングにも、少し緩さのエッセンスで、今までよりもっと楽しいものになってるのかなぁと感じています。

今までカウンセリングのご利用を躊躇していた方、いまはチャンスですよ(笑)わたし、ちょっと緩いので・・
まぁ、とはいっても、元々けっこう手厳しいほうだとは思いますけれど。良いバランスで、もっと楽しめるカウンセリングを目指したいですね。

・・・

当ルーム初回ご利用の方に、お試し電話カウンセリング(40分間、カウンセリングも通話料も無料です)をご利用いただけます。初回はインテークも含めてお話させていただきますので、今後カウンセリングがお引き受けできるかどうか、利用いただくとしたらどんなペースでどれくらいの費用なのかなどもお話いたします。もちろん即決で決断するようなことはお願いしません。お気軽にご利用くださいね。
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posted by いわはし みなえ at 10:41| Comment(0) | カウンセリング日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

軽く鬱の日をどう過ごすか

わたしは橋本病という、甲状腺ホルモンが低下する病気を持っているのですが、毎秋このホルモン低下が非常に強くて軽く鬱になります。軽いから仕事も家事も出来るんです。でも何となく気分が晴れない・・最初に病気が分かった時は、自分で自分のことを「季節鬱」と思い込み、メンタルクリニックに行きました(苦笑)原因はわからないけれど鬱には薬が有効なのはわかっていたので、薬物療法をしようと思ったのです。
そこで血液検査をしたら病気が発覚してもう6年目です。なのでこの時期何をするべきか、何をしないべきかは良く分かっているつもりです。

よく「鬱を脱するには、とにかく動いてみる、出かけてみること」など言われますが、それが出来ないから困ってる訳でしょ(笑)出かけられるなら、とっくに出かけて気分転換したいです。でも出かけられないから鬱なんですよね。なのでもう、鬱に抵抗するのはやめました。

カウンセリングでは「感情と行動を切り分ける」と普段言い続けていて、たとえ気分が鬱でも、やるべきことをやる(行動する)ことをおススメしています。で、ここで重要なのは「やるべきこと」の概念。
鬱症状を訴える多くの人はとても真面目なので、仕事も家事も「やるべきこと」だと思ってます。会社休むなんて急病とか忌引き以外にありえないと思ってる人も多いみたいです。家事をしなければ家族が路頭に迷うと思ってる人もいます。でも本当にそうでしょうか。

いま、わたしの「やるべきこと」は、ご飯を食べること。ちゃんと眠ること(眠れないこともあるけどお布団には入る)それから、泣くこと。休むこと。そう決めてます。泣くのは最近ほんと泣けなくて困ってるのですが、泣くのは心の浄化作用なので、泣ける映画をいつも探してます。
わたしの鬱は軽くて、仕事は普通にできちゃうし、仕事中は夢中だから誰も鬱だなんて思わないんだけど、一応仕事も、この時期はかなり制限しています。
逆に「やらないこと」は、曖昧な気持ちの約束事と自責です。どうしても行きたい、参加したいことは約束しますが、それ以外は出来るだけお断りしています。元気なら、いくらでもお付き合いできる好きなことでも、気持ちが「どうしても」にならないときは引き受けません。直前で割と元気で、先方もOKなら行動しちゃうこともありますが、先々決めておくこと自体が気分が落ち込んでしまいがちだからです。そうして結果的に行けなくなると自分を責めてしまいがちなので、自責もNG。
たとえ家事ができなくても、仕事お休みしちゃっても、約束キャンセルしても、自分のこと責めてたら心穏やかじゃないですしね。そんな自分を許すこと、これ重要です。

そんなわけで、ゆっくり過ごしている秋です。今年は一番落ち込みそうな11月に、一週間温かいところに旅に出ようと思います。強制的に鬱症状を取っ払うには、わたしの場合は体感季節を変えることです(笑)
逆に雪が降るころは、まるで元気になっちゃうんだけどなぁ。秋は辛い、もうダメダメモードです。

・・
そんな季節鬱を持つ方、ぜひ対策一緒に考えましょー^^
当ルームを初めてご利用の方に「お試し無料カウンセリング(電話40分間)」をご準備しております。誰にも話せない苦しいお悩み、そっと話してみませんか?通話料も無料ですし、匿名でもご利用可能です。守秘義務にて、あなたのご相談内容は守られています。
お試しカウンセリングで、無理なカウンセリングのご継続を勧めることはありません。お気軽にご利用くださいね。
 *ただいま「お試し無料メールカウンセリング」はお休み中です。ごめんなさい。



posted by いわはし みなえ at 13:30| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする