Be(目標)+Say(語る)=美生(びせい) 
夢を語る美しい生き方を、ここから始めましょう。


2019年07月30日

枠にはめない自分

わたしは周りからも自由な人だと思われ、時に憧れ、時に嫉妬の対象として見られる。
夫がいて、好きな仕事が出来て、経済の心配はない(たぶん…我が家は夫が家計を切り盛りしている)
そしてかなり自由だ。
冬は仕事をたくさん休んでスキー三昧(これも理解あるクライエントさんと契約先のおかげです、感謝)
夏は夫を置き去りに一人旅をしたり、友達と遊んだり。
秋は一週間、一人でタイへ。

それだけで、わたしの年代の女性からは羨望でありやっかみの対象なんだそうだ。

少し若いころは、子供がいないことで「お気の毒」と思われていた。婦人科系の病気で2度手術しているので、勝手に「子宮を取ったんだよね、だから子供は授からないんだよね」と言われることもあった(子宮は温存しています。子供を持つか持たないかは個人の自由ですよね)

どっちもわたしで何にも変わらないのにね。

わたしは前にpostしたリア充のブログでも書いたけど、人に「あなたはこうですよね」とカテゴライズされるのがすごく嫌い。
でも最近わかってきたのは、あなたはこうですっていうカテゴライズに対して「あーそんなものはどっちでも良くて、それで何が楽しいの?」みたいな、割と適当な受け止め方をしたいなぁってこと。

カテゴライズされて「いやそれ違うから!」って怒ってるわたしは、人に見せない自分を自分で知ってて、だから自分はそのカテゴリーじゃないってわかってて、でもそれは『人に見せないんだから』外側からはわからないわけで。
だけど「見せてないけど違うから」ってプリプリしていて(笑)
なんかバカみたいだなーって思うわけです。

物質的価値観で判断されるのも、他人と比較して言われるのも、今も嫌いに変わりはないけれど。
どうせ相手にわかりっこないことに腹を立てるより「そう見えるのは面白いことだね」って笑えるようになれたらいいな。

どうせわかってもらえないことを、自分が一番わかってる。それでいいじゃない。
そんな気持ちです。

わたしに欠乏しているのは、ユーモアのセンスだなぁ。
なんか今日はひとりごとです。

・・・
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posted by いわはし みなえ at 10:50| Comment(0) | みなえ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月28日

わたしのために

ご夫婦の不仲問題での相談は、妻側、夫側双方の相談がありますが、どちら側でも言いたいことは「自分がこんなに頑張ってる(我慢している)のに、相手は理解してくれない、手伝ってくれない、不平等」というお悩みです。結婚というのは生活なので、互いに協力して暮らしていくもの…それがだいたいの方が持っている共通認識です。しかしこの「協力」というのは曖昧で、あなたが思う「協力」と、わたしが思う「協力」の定義が随分ずれていることが多く、それが夫婦の問題になっているのかなぁと思うことが多いようです。
夫婦に限らず、親子や友達同士でも「自分はこんなにしてるのに」というのは、誰でも自分が可愛いので思うことなのかもしれません。

もうすこしわかりやすくお伝えしたいのですが…
例えばわたしの夫は、わたしのために様々な物を買って帰ります。食べ物を買ってきた日にわたしがそれを食べないと「せっかくみなえのために買ってきたのに」と不貞腐れることがあります。夫の気持ちは嬉しいけれど、わたしはその日、それを食べたくない理由があるんです(例えばダイエット中とか、夜遅いとか、歯を磨いてしまったとか、今日はおなかいっぱいとか)
もちろん、わたし充てに買ってきてくれたその気持ちや、買ってきた品物を否定することはしません(だいたいわたしの好物です)ので、食べ物は翌日いただくし、買ってきてくれたこと自体は感謝もします。

わたしがその日に食べない理由は夫とは無関係ですし、夫の行為を否定しているわけではありません。でもなかなか人は、自分の気持ちと行動を分解して捉えられないものです。人は感情の生き物です。夫は恐らく「食べてもらえない=自分の気持ちに応えてもらえなかった」と感じるのでしょう。

でもだからと言って、夫の気持ちを優先して、その時食べたくないものを食べるのは「わたし」を最優先にはしていない生き方です。
わたしは何より、自分の気持ちを一番大事にして生きているので、わたしの気持ちを抑え込んで、他の誰かに喜んでもらおうとは思いません。
しかも『本当は嫌なのに、相手を思って食べた』としても、それで夫は満足でしょうか。わたしの本心を知ったらきっと「無理に食べなくても良かったのに」と言ってくれると思います。逆の立場だとして、わたしが買ってきたものを、無理に夫が食べてくれても、それが夫の犠牲で成り立つならあまり嬉しくありません。むしろ不愉快な気がします。

相手に喜んでほしくて買ってきた品なのに、無理に食べても、また食べなくてもお互いに気分が悪い。だったらお互い、勝手に買うのを止めましょうというのも一つの手段です。でもそれでは何だか味気ないですよね。ですから「分かちあい」が必要だと思います。

わたしは夫に、感謝と、その日それを食べられない理由と、おいしそうだから明日いただくと伝えました。夫は不本意ながらも了解しました。
翌朝夫は早朝からいなかったので、約束通りにわたしは昨日の品をいただき、そして夫においしかったことをLINEしました。
夫の買ってきた品は無事わたしのおなかに納まり、わたしも美味しくいただき、夫も納得してくれたようでした。

「あなたのために買ってきたのに」は、本当にあなたのためでしょうか。
確かにあなたの喜ぶ顔を想像して、その品を選んだのは真実だと思います。しかしそれを、その気持ちを押し付けるのは「あなたのため」が薄れてしまいます。あなたのために買ってきた、そして手渡した。そこまでです。あとは受け取った『あなた』のお好きなようにしてもらえばよいのです。あなたのために選んだ品は、選んだ時点で『わたしのもの』ではなくなりました。わたしの気持ちは品物に乗せて、もうすでに相手の手に運ばれたのです。

と同時に受け取った『あなた』も、その品を選んでくれた人の気持ちを想像しましょう。
自分が最優先の生き方のことを、わたしは常々発信していますが、それは相手の気持ちを汲み取らないということではありません。
贈り物は相手の真心が込められています。その気持ちを受け取り、大事に扱うことが何より大事です。大事に扱うことは「相手の期待に応える」ことではありません。あなたが思うベストを選択してください。

同じように、夫婦や親子の問題も、そもそもは相手を思いやって取った行動や言った言葉が原因となっていることが多いものです。
相手への思いを『贈り物』だと想像してください。相手がその場で受け取れなかったからと言って、あなたは怒っていませんか?

夫婦の中での『協力』とは、それぞれの価値観で違うものを持っています。一生懸命働いてお金を稼いでくるのが『協力』と思う夫に対して、一緒に子供の事を考えたり、家事を分担するのが『協力』だと思う妻がいたとして、この二人の『協力』はお互いに噛み合いません。
だから『分かち合い』が必要です。わたしが思う『協力』とはこんな感じです。あなたのはどんな感じ?と、お互いの意見をすり合わせていかなくてはなりません。

自分の思う『協力』を押し付けるのではありません。互いに間違えではなく正しいことですから、すり合わせなければ永遠に平行です。それではふたりの協力は、いつまでも成り立ちません。どこをどうすり合わせて、どう着地するのか。あなたの気持ちと行動は一緒ではありません。

まずは相手の真心を知りましょう。その気持ちをしっかり受け取りましょう。
怒りしかない人は、その裏側の感情を知りましょう。
あなたの本当の気持ちは、あなたしかわからないのです。自分がわかったら教えてください。そっと分かち合いましょう。

・・・

自分が何を望んでいるのか、ということを、実はわからないという方はとても多いものです。それくらい普段から、善悪で物事を判断しています。自分に自由を許可せずに生きてきたのです。そしてそれは辛く苦しいことです。
カウンセリングでは、対人関係の悩みから始まり、自分の生き癖を知るケースが最も多いものです。わたしは誰でも自由な生き方を選んでいただきたいと願っています。一人で出来なければお手伝いします。大丈夫、わたしはここに居ます。

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posted by いわはし みなえ at 13:02| Comment(0) | カウンセリング日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月06日

リア充は自分で決める

よく人から「リア充ですね」と言われ、そのたびに「違います」と反論し続けてきた。
それである人に「リア充って他人に決められるものではなくて、自分で決めるものですよね?」と尋ねたら

「いや、他人が決めるものでしょ」

と返されてビックリした。
その人曰く、例えば金持ちは自分で「俺は金持ち」とは言わない。だからリア充も同じで、自分では言わないと。
そうだろうか。辞書で調べたら『リア充とは、現実の生活が充実してる人を指す俗語』と出た。じゃあ、現実の生活が充実しているかどうかを決めるのは誰なんだろう。自分ではないの?他人が決めるとしたら『現実の生活が充実してるように見える人』じゃないのかな?自分が充実してると感じていて、他人からもそう思われるならそれでもいい。でもわたしは充実していると思っていない。だから

そう『見える人』なだけで、現実はリア充じゃないというのがわたしの持論。

だって、自分が怠けているとか、自分がさぼっているとか、自分が生き生きしてるとかは、自分が一番よくわかるじゃない?
自分が違うのに「みなえさん、いつもリア充ですよね」と言われて気分が良いものではない。すごくキモチワルイのだ。
それなのに、否定すればするほど「そうやって否定するから余計リア充」「そもそも好きな仕事して、自由にしてくれる旦那がいること自体、世間から見て『リア充枠』だし」など言われた。ってか世間から見てってどうゆうこと?もうすでに違うんじゃない?自分の充実感を誰かと比較するの?それってもう、わたしからしたらあり得ないことなんだけど。

「そもそも、お金も時間も自由になる人が、何をふざけたこと言ってるんですか?こちとら稼がなきゃならないし時間もないし、そんな呑気なこといってられないわ」

とも言われた。それって酷い言い訳にしか聞こえない。誰が今の環境を作り出したの?過去のアナタですよ…今の環境を嘆いてる暇があるなら、未来の自分のためにどうにかしたらどうですか(と言いたかった。言わなかったけど)

なんだか世間は、リア充というと、すごく運の良い生き方をしてる人みたいに扱う(少なくともわたしはそうみられていると感じてる)
でもその運の良さ、わたしが作ったんですよ。今の人生、わたしが構築したんですよ?
好きな仕事も、自由な時間も、稼いでくれる夫も、わたしが選んできたんですよ(もちろん夫には感謝してます)
わたしがただお気楽で、運が良くて、楽しく充実してるように見えるとしたら、それは光栄だけど違います!と本当は言いたかった。

苦労した人は、過去を苦労とは言わないもの。努力した人ほど、軽々と通過したように見えるもの。
ただわたしは、他人と比べてひがんだりしなかった。羨ましければ自分も努力した。
そしてつい最近までは、この先の努力目標を見失って、リア充じゃなかった。だからリア充って言われるのがすごく嫌だった。

ルームも7年目に突入し、仕事もクライエントにも恵まれ、多くの人がより良い人生を歩む姿に立ち会い、確かにわたしはある程度満足していたけれど、まだ自分自身のために、もうひとつ先に進みたかった。それに取り組んでいる時、わたしは確実にリア充だと思える体験があるのを知っていたから。

それで実は、新しいことを最近始めました。もちろんビジネスで(わたしはビジネスが絡まないと満足しないタイプ)
まだ明確には癒えませんが、いまやっと自分がリア充にちょっと近づいたなと実感しています。

だからリア充は自分で決める!

他人のこと、リア充だとかそうじゃないとか言ってる暇があるなら、自分がどうしたら充実するか考えてみてはどうかな。
一人でできないならお手伝いするよ。リア充どころじゃない問題があるなら、一緒に考えるよ。

そうゆうカウンセリングを提供したいと、常々願っています。
そうゆう前向きなクライエントだけを、わたしは責任を持ってお引き受けします。
わたしも命懸けですから、あなたも真剣にどうにかしたいと覚悟してきてください。

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最近強気なブログばかりですけど、なんかだんだん丁寧に綺麗に表現するのが煩わしくなってしまって(笑)
今年はこんなバージョンばかりです、しばらく続きそう。お見苦しくてごめんなさい。
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posted by いわはし みなえ at 12:07| Comment(0) | カウンセリング日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする